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【事例】動画を活用した学びを支える「SHINtube」- 信州大学が開発した授業用動画配信システム –
信州大学の教育基盤「eALPS(イーアルプス)」は、オープンソースのLMS(Learning Management System) Moodle(ムードル)と、学内で開発された動画配信システム「SHINtube(シンチューブ)」とが連携し学生と教員の学びを支えています。わずか半年で開発、3ヶ月の移行期間を経て2022年3月サービスインしたSHINtubeについて、新村正明教授にお話を聞きました。
(2024年10月インタビュー)
コロナ禍を契機に授業の動画活用スタイルが変わった
PDFのように動画を扱う教員、コロナ収束後も減少しない動画の配信量
– 動画配信システムSHINtube開発のきっかけを教えてください
新村教授: 動画配信は、2015年ころオンプレミスのMediasite(メディアサイト)を、クラウドが主流となった2018年からはKaltura(カルトゥーラ)を利用しました。コロナ禍を経て教材動画の容量が大幅に増え、コスト面が大きな課題となりました。2020年以降はGoogleドライブも併用していましたが2年後に容量制限が発表され継続が難しくなりました。コストの問題、サービス変更と3回ほど続き、商用外部サービスがほとほと嫌になりました。ただ動画配信サービスは必要なので研究室の大学院生に話したところ、2名の学生が開発してくれたのです。画面のイメージもできてその時には「SHINtube」という名前も決まっていましたね。
– コロナ禍が契機と言えますね
新村教授: はい。大きな契機です。ただコロナが収束しても動画の配信量が変わらなかったのです。おそらく授業の方式が動画を使ったものにシフトしたのではないかと思っています。Zoomのオンライン授業は少なくなりましたがLMSに動画をアップするのはそのまま維持されていて、教材として動画を活用するというスタイルが確立されたのです。PDFを載せるように動画を載せる先生が増えました。
– 何か課題はありましたか
新村教授: コロナ禍で先生方は、苦労されながらもオンライン授業を行ったことで、自撮り動画が簡単に作れるようになりました。一部の先生はその動画をLMSに直接アップロードされました。1ギガバイト程度ありましたのでストレージの圧迫につながりましたし、視聴する学生はサイズの大きい動画ファイルをダウンロードする必要がありました。
– SHINtube開発に繋がったのですね
新村教授: はい。SHINtubeをオンデマンドのストリーミング配信にするということで課題を解決しました。
新システムを意識させずにスムーズな移行を実現
ストリーミング配信、視聴履歴管理、利用可否制御、先生自身によるアップロードへ対応
– その他の要望事項や開発で重視したことはいかがですか
新村教授: 先生からの要望としては、まず「視聴履歴管理」です。例えば遺伝子組み換え実験を行うためには講習動画の視聴が必須なのでエビデンスを残す必要があります。学生が動画を全て視聴したのか把握できなければなりません。
次に、「利用可否制御」です。動画を視聴しなければテストの受験ができないというような動画以外のコンテンツと同様の細かな制御が要求されました。
もう1点、先生自身による動画のアップロードです。それまではe-Learningセンターで代行していたのですが即時性や利便性、先生とセンター双方の手間の軽減を考えました。
– 具体的にどのように実現したのですか
新村教授: まずストリーミング配信ですが、これはHLS(HTTP Live Streaming)という規格を採用しました。オープンソースで公開されているものがありましたので、それを用いて容易に実現できました。
次に視聴履歴管理は、Moodle自体に標準の機能があるので、動画でもそのまま引き継げるようにしました。具体的にはLTI(Learning Tools Interoperability:ラーニング ツールズ インターオペラビリティ)という学習支援システム間の通信規格でMoodleとSHINtubeとを連携し実現しました。
動画を視聴しなければテストの受験ができないというような利用可否制御ですが、これは動画のリンクを踏むとSHINtubeの方に入って視聴するためMoodle側からの制御が効かない場所に行ってしまいます。
そこでLTI 1.3から追加されたDeep Linking(ディープリンキング)という機能を活用しました。SHINtube内にある動画コンテンツをMoodle内にあるかのように見せてくれる機能で、動画を見終えたらこのPDFを見ていいよ、という具合に個別の制御を可能にしました。
LTI Deep Linkingの採用でMoodle上の操作の延長のようなスムーズさ
– 利用される先生は動画だからといってあまり意識することがないのですね
新村教授: はい。先生からするとPDFをアップするとか、テキストを貼るというのと同じような感じで動画を扱えるようになったのでユーザーインタフェースの敷居が下がりました。実際にはSHINtubeという別のシステムを扱っているのですが、まるでMoodle上で操作しているような感じなのです。
通常は新システムを導入すると最初は拒否反応も見られるのですが、振り返るとそれがほとんどありませんでした。LTI Deep Linkingを使ったことで先生方が「ふうん」という感じでそのまま利用する自然な流れができましたね。ねらったわけではなく副次的なのですがLTI Deep Linkingによって新システムを意識させず、結果としてスムーズな移行につながったと思います。
NASの容量追加が必要なほど活用が進む授業の動画配信、記録領域が溢れるほど熱心に見直し視聴する学生の姿
– 先生や学生の反応、手応えはいかがですか
新村教授: 動画ですが、講義まるまる70分や90分尺のものもありますが、10〜20分程度の尺の動画が増えています。これは動画を教材の1つとして反転学習やフォローアップなどに使っていると見ています。またコロナで出席停止の学生に対してのみ講義動画を見せるといった細かなアクセスの制御もスムーズにできていますね。アクセス数や動画数も増加傾向です。年度共通のものも入れると2023年度は14,000本くらいになりました。動画の数という意味では想定外に多くて、NAS(Network Attached Storage)の容量を増やして対応しているところです。
学生が講義内容をもう1度見直せるというのは好評だと聞いています。授業中に聞きとれなかったところを見直すということですね。LMSで視聴部分を記録しているのですが、熱心にたくさん見直して記録領域が溢れてしまう学生がいるほどですよ。
SHINtubeをオープンソースとして公開、利用を拡大し社会のために
認証機能を内包しないSHINtube、低開発コストで大学間連携を実現
– 御校の他でも利用されていますか
新村教授: はい。高等教育コンソーシアム信州では長野県内の8大学で単位互換を行なっています。eChes(イーチェス)という名称でeALPSと同じ環境を加盟大学へ提供しています。
そこでもう1つ大事なポイントなのですがSHINtubeには認証機能を持たせていません。LMSとLTI連携することでLMSと信頼関係を設定しアクセス制御を実施しています。つまりLMSがハブとなり大学間連携を実現しているのです。学習者と管理者の利便性を向上させ、開発コストを大幅に下げています。
またeALPSは大学内の学生向けサービスであると同時に社会人向けの公開講座などリカレントやリスキリング教育も提供する必要があります。大学として推進している部分です。文部科学省の「地域活性化人材育成事業/SPARC」の3大学連携でも活用されています。
高機能な動画配信サーバーをオープンソースとして公開、取り組みの拡がりを期待
– 活用が進んでいますね。SHINtubeのソースコードを公開されているとお聞きしました
新村教授: はい。Moodleもオープンソースソフトウエア(OSS:ソースコードが公開され無償で利用可能なソフトウェア)ですし、基本的にOSSであるべきだと私は思います。多くの方の学びに利用いただきたいのです。動画配信システムはたくさんありますが、OSSで公開すれば利用される機会も増えますし社会的にも良いと信じています。視聴履歴であったり、LTI Deep Linking対応であったりと動画配信の機能は高いと自負しています。授業で動画コンテンツを利用するという流れは拡大するので、制作から配信までを通して他組織の方とも情報共有や情報交換ができたらと考えています。ともに頑張りましょうという気持ちです。
– 今後のご計画について教えてください
新村教授: 利用者側は概ね良いのですが、管理者にはノウハウが要求されています。今後は誰でも管理できるようなシステムにしていきたいです。それから信州大学の使い方に依存している部分があるので、他組織での利用を見据えていきます。これは実際に使っていただいて課題を見つけ対応したいですね。
– 理想の学びについてメッセージをお願いします
自律した学習者があるべき姿です。社会人になっても自らを律してずっと学び続けてください。自らの学びを補助する上で動画は重要だと考えています。そういった点をサポートして、学習者の想いに応えられるシステムにしたいです。
アシアルさんにはSHINtubeを取り上げてもらえてありがたく感じています。多くの学習者に、学びの場を提供したいので私たちの取り組みが拡がることを願っています。
– SHINtubeを他大学でも導入できるようにアシアルは新村教授と導入支援プロジェクトを計画しています。ご興味のある方はアシアルにお問い合わせください。
新村 正明 教授
国立大学法人信州大学教授、工学博士。
研究分野は、情報ネットワーク、教育工学。情報処理学会「2014年度山下記念研究賞」を受賞。
e-Learningセンター副センター長、研究開発運用部門長を務め、信州大学の教育基盤である「eALPS」の構築と安定運用を担う。「知識は理解の一部にすぎない。本物の理解は、手を動かしたことによって得られる。(初代レゴマインドストームの箱に記されたMITシーモア・パパート名誉教授の言葉)」を胸に「まずは作る」がモットーで、一部の方からは「実装番長」と呼ばれている。
信州大学 https://www.shinshu-u.ac.jp/
高等教育コンソーシアム信州 https://www.c-snet.jp/