教育現場のデジタル化が進む中、学生証もいま、大きく変化の時を迎えています。しかし、そこにはセキュリティや標準化など多くの課題が残されています。こうした課題の解決に挑み、国際標準規格「mdoc」を採用した次世代デジタル学生証プラットフォームの開発と普及を推進しているのが、フェリカネットワークス株式会社です。教育機関、ベンダー、そして社会を結ぶ次世代デジタル学生証の可能性について、事業開発部の多田様にお話を伺いました。
(2025年11月インタビュー)

左)アシアル株式会社 取締役 学校経営ディレクター 塚田 亮一
教育現場の課題とデジタル学生証に求められる標準化
独自仕様から共通の枠組みへ ― 大学DXを支える基盤づくり
– 教育機関を取り巻く環境には、現在どのような課題があるとお考えになりますか?
多田様: まず、少子高齢化と人口減少が大きな課題として挙げられています。特に地方においては、都市部への人口流出も相まって、その傾向が顕著な様です。こうした中、大学が担う役割は変化し、大学間連携の充実や地域連携も求められているとお聞きしています。また統廃合も避けられない状況にあるかもしれません。
かつては、それぞれの大学が自由に独自システムの開発を進めるスタイルが一般的でした。しかし、こうした環境では予算も限られますし、学生証のような基盤となる部分は、標準化された規格のもとに整備されるべきなのではと考えました。

塚田: 私たちが多くの大学を支援する中で感じている課題は、校務の煩雑さ、そして学生証運用における不便さです。特に3〜4月には、職員の方々が物理カード型学生証の発行作業で非常に大きな負担を強いられています。その一方で、マイナンバーカードはスマートフォンに入るようになりました。物理カードの学生証をデジタル化し、校務の効率化や学生の利便性向上を実現したいと支援を続けています。
その中で課題となっているのが、大学が学生の身分を証明するものとして発行しているデジタル学生証が、学外では証明として通用しないケースがある点です。多田様がおっしゃるように、標準化は学外における本人確認では非常に重要ですし、まさに求められていることだと感じています。
標準化がもたらすメリット ― 大学とベンダー双方の恩恵
– 統一的な枠組みや共通フォーマットが必要ということですね?
多田様: デジタル化やモバイル化は便利ですが、その一方で信ぴょう性が課題になります。ですから、その証明を社会基盤として担保していくためには、各大学が独自仕様のデジタル学生証を開発するのではなく、統一的な枠組みが必要だと考えています。ただ、アシアルさんのようにデジタル学生証や大学アプリを提供されるベンダーにとって、このように標準化されることは率直にいかがでしょうか?
塚田: 私たちソリューションベンダーにとっても、大学にとっても、標準的な技術基盤が整備され普及が進むことは大いに恩恵があります。大学ごとに独自規格で開発して社会的に認められないという状況では意味がありません。基盤の標準化がソリューションベンダーの競争力の低減にはつながりません。むしろ逆で、各大学におけるデジタル学生証の導入ハードルが下がることはプラスになります。
私たちが目指すのは、アプリをハブに大学とそのステークホルダー全てにとって最適なサービスを総合的に提供できるスーパーアプリです。大学間連携、様々なデータの蓄積や学びの履歴なども含め、AIを活用し発展していくでしょう。重要な役割を担うデジタル学生証の統一された社会基盤が整備されることは、非常に意義のあることです。

多田様: とても安心しました。私たちは大学が導入しやすく、ソリューションベンダーが参画しやすい、共通化されたプラットフォームを提供したいと強く願っています。
mdocで実現する次世代デジタル学生証プラットフォームの仕組み
mdocと国内共通プロファイルで実現する「誰もが採用しやすい基盤」
– 学生証プラットフォームについて仕組みを教えてください
多田様: 私たちが提供しようとしているのは、標準化され採用しやすいデジタル学生証プラットフォームです。国際的なモバイル身分証の規格「mdoc(Mobile Document:エムドック)」と、NII(国立情報学研究所)が策定し国内で統一された共通のデータ形式「国内共通プロファイル」を採用しています。
mdocは、マイナンバーカードや運転免許証などをスマートフォンに安全に格納し、提示するために国際的に信頼されている技術ルール、いわば情報を安全に入れる箱のような仕組みです。この「箱(mdoc)」に入れるデータの中身や形式を、日本国内のルールとして統一したものが国内共通プロファイルです。これにより、どの大学のデジタル学生証でも、学外で同じように証明できるようになります。

mdocがもたらすメリット ― セキュリティとプライバシー保護
– mdocの技術的な特徴や具体的なメリットについて教えてください
多田様: mdocには次の4つの技術的な特徴があり、それぞれが大きなメリットをもたらします。
- オフライン/オンライン: 対面利用に加え、オンラインでの提示が可能
- Holder Binding(ホルダー・バインディング): 証明書の複製や改ざんができず、保有者の正当性の確認が可能
- 選択的開示: 本人同意に基づき必要な情報のみを提示可能
- Reader認証: 認証情報の提示前に、提示先の安全性を確認可能
例えば、コンビニや居酒屋での年齢確認では、免許証のように住所氏名すべてを提示する必要がなく、20歳以上であるという年齢に限定した証明といった使い方が可能です。必要な情報だけを渡せることで、不要なリスクを低減できます。
加えて、正式な認証のもと、オンライン上でも安全に学割や各種サービスを利用できます。アルバイト先への個人情報提出時も、相手の信頼性を確認したうえで必要最小限の情報だけを共有でき、リスクを大幅に低減できます。さらに、スマートフォンの生体認証と組み合わせて本人確認が強固になりますし、卒業や退学など失効管理も行う予定です。
広がるユースケースと社会を支える学生証の新基盤
社会に広がるサービス基盤を支える、標準化された学生証プラットフォーム
– どのようなユースケースやサービス提供が考えられますか?
多田様: 私たちは、技術基盤である学生証プラットフォームを提供します。アシアルさんをはじめとするソフトウェア、そしてハードウェアの各ベンダーがサービス提供の主役です。私たちは認証機能を容易に組み込めるように開発用のツール(SDK:ソフトウェア開発キット)を提供します。いかに組み込みやすいか、いかに使いやすいかといった点にフォーカスし普及拡大を後押します。
大学で発行したデジタル学生証によって、連携する近隣大学での認証や、街中のカフェやオンラインショップでの学割利用を実現し、学内だけでなく社会に広がる標準化されたサービスの基盤を支える役割を担います。

塚田: 独自規格のデジタル学生証の場合、コントロールできるのは学内のみです。学外利用において、標準化された学生証プラットフォームは重要な役割を果たすに違いありません。例えば、連携する他大学の図書館利用や単位互換など、現状は申請や登録手続きが必要ですが、双方でこのプラットフォームを採用すれば、それぞれの学生証をつかって双方の大学の図書館ゲートを通れるようにもできますね。
ユーザーが意識せず使える社会基盤を
– 御社の役割は「基盤の構築と普及」にあるとお考えなのですね
多田様: はい。当社はこれまで、モバイルFeliCaプラットフォームを携帯電話向けやキャリア向けに提供し、さまざまなステークホルダーに対して共通規格を策定し基盤を支えることで、ユーザーや事業者が特に意識することなく利用できる環境を作ってきました。こうした「共通基盤の構築と普及」こそが当社の強みです。これまでのそうした蓄積が、デジタル学生証の社会基盤を築くことに大いに活きると考えています。
塚田: デジタル学生証へと置き換え、学生にとってさらに便利になり、そして物理カードを完全になくしても困らない段階へと持っていくのが非常に重要です。現状は「なぜここでデジタル学生証が認められないのか」とジレンマを感じることも少なくありません。フェリカネットワークスさんのデジタル学生証の社会基盤には、非常に期待しています。
これまでの歩みと展望、2026年度サービスインに向けて
コンセプトの発表、技術実証での大きな反響を得てニーズとの合致を確信
– 現時点での技術実証など取り組み状況を教えてください
多田様: 2024年12月の「AXIES(大学ICT推進協議会)2024年度年次大会」で私たちは初めて学生証プラットフォームのコンセプトや構想をお話しました。想像を超えるほど非常に多くの大学や事業者からの声が届き、その反響の大きさに驚きました。それまでは、プラットフォームの標準化でやりにくくなるステークホルダーがいらっしゃるのではないかと不安もありました。しかし、各方面から歓迎の声が届き、私たちの構想がニーズに合致していることを確信し、取り組みを推し進めました。
その後、2025年8月29日には大阪大学さんで学生証アプリのmdoc対応に関するデモと1日セミナーを実施しました。このセミナーは、会場に100名、オンラインで300名の大学関係者が参加するなど予想以上の注目をいただきました。多くの大学からお声をいただき、私たちの取り組みの意義を強く感じました。現在は2026年度のサービスインに向けて、準備を重ねています。

対応サービスや対応機器の拡大が普及の鍵
– 次の展開に向けての課題はいかがでしょうか?
多田様: 課題としては、やはりmdocという新しい技術に慣れていないという点があげられます。物理カードに慣れているため、スマートフォンならではの利用方法について、皆様と共に試行錯誤が必要になると思います。そして重要な鍵となるのは、対応サービスや対応機器をどれだけ増やせるかです。私たちとしては、ベンダーの皆様が参入しやすい形をできる限り作っていく努力を続けます。
2026年度のサービスインに向けて、アシアルMyCampusも順調に開発が進む
– アシアルのMyCampus(デジタル学生証×大学ポータル機能を搭載する大学公式アプリソリューション)のmdoc対応状況はいかがでしょうか?
塚田: デジタル学生証プラットフォームの標準規格への技術対応は既に始めており、特段ハードルはありません。2026年度のサービス開始にむけてMyCampusも順調に準備を進めています。
多田様: アシアルさんは、大和大学さん向けに国内の他大学に先駆けて物理カードの全面廃止、全学デジタル学生証の導入を行ないました。デジタル学生証の実績として非常に頼もしく、一緒に取り組めることをありがたく思っています。運用面でのご苦労もご存知でしょうから、ノウハウや知見をぜひ教えていただきたいです。
塚田: 個々の課題を単体で考えるのではなくどうエコシステムで対応するかを考える必要があります。フェリカネットワークスさんとの連携に私たちもとても期待しています。
多田様: とにかくプラットフォームの普及が大切ですね。最初に手を挙げてくださるいくつかの大学とアシアルさんや皆で試行錯誤してベストな形を見つけたいと考えています。そして事例となる情報は、良い点も悪い点もオープンにすることで、その輪を広げていきます。
塚田: こういった仕組みは、プラットフォーマーだけでなく利用者である大学や我々のようなサービス提供者が協力して最初の1、2回転を回し、その慣性で自走するように取り組む必要がありますね。

mdocが当たり前になる未来へ
mdocが普及し、学生の環境を幸せにすることを目指して
– 目指すビジョンをお聞かせください
多田様: 企業としてのミッションもありますが、個人的には、国内の大学・教育環境において、未対応の大学の学生が「どうしてmdocに対応していないんだ?」「うちの大学もmdocに対応していればいいのに」と言うような、mdocが当たり前な状態に普及させたいです。学生の環境を幸せにしたいという強い想いがあります。私の子どもはまだ小さいのですが、将来大学生になったら「この仕組みはパパが作ったんだよ」って伝えたいですね。

– 最後に、デジタル学生証に関わる方へのメッセージをお願いします
多田様: サービスイン前の私たちのコンセプトに対して、多くの大学やソリューションベンダーの方々から賛同をいただけたことに、心より感謝しています。関係する皆様にとって、デジタル学生証プラットフォームが有用な基盤となるためには、パートナー企業のご支援と、先陣を切ってくださる大学の存在が不可欠です。
私たちは、皆様とともにユースケースや効果的な導入モデルを作り上げ、発信し、エコシステムを構築することで、全ての大学と学生の皆さんに採用いただけるプラットフォームへと仕上げていきたいと強く願っています。ぜひ、ご意見やご支援をいただき、この取り組みへご参加をお願いできれば幸いです。
アシアルは、フェリカネットワークス様をはじめ、大学およびソリューションベンダー各社と連携し、社会につながるデジタル学生証の普及と持続的な発展に取り組んでまいります。
関連リンク フェリカネットワークス株式会社